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石船神社

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石船神社

村上市街から日本海に向かい海岸沿いに、物部氏の祖先神の饒速日命(にぎはやひのみこと)を祭神に、飛鳥時代以前より続く村上市・岩船郡の総鎮守の当社がある。この地には古代、蝦夷に対する軍事的な砦、磐舟柵が築かれたと日本書紀に残る。神社近くの丘陵に6世紀築造の浦田山古墳群があり、石室の造りから九州、若狭、佐渡との繋がりを伝える。

浦田山古墳群

〒958-0041 新潟県村上市岩船三日市9-29

TEL:0254-56-7010

東博百選

鉄製鋲留(ビョウドメ)短甲(タンコウ/ミジカヨロイ)と小札(コザネ)鋲留眉庇付冑(マビサシツキカブト)
古墳時代 5−6世紀 東京国立博物館蔵

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ミジカヨロイは、古墳の副葬品で出土し、埴輪などにも見られるモノ。 四角や三角の鉄板や革などの素材を、人間のカラダに合うように加工するコザネは、連続させて頭や胴を守るように、板を合わせ鋲で留める。蝶番(チョウツガイ)で開閉式とする。腰の部分がくびれて現存するのは主に鉄製や金銅製。 同時期には、中国北方遊牧民の騎馬兵のヨロイとかさなる、肩から打ちかけて着用する、ウチカケヨロイ、挂甲(ケイコウけ)もある。 兜の上には、2つの半球形金具を筒状金具で接続。僧侶の使うホッス(払子)のような飾りがつけられた?

畿内七道

土器「観音寺」銘墨書

多賀城市埋蔵文化財調査センター

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多賀城市は古墳時代、東北鉄器生産の先進地で、土器・石器から北海道を含む北方との交流が認められる地。7世紀後半成立の陸奥国の国府が置かれ、8世紀初め多賀城が造営。その際附属寺院も建立され、「観音寺」と墨書の11世紀の土器が出土し、多賀城廃寺名称の手がかりとなる。この土器は、仏教儀式に灯明皿に使用された模様。

〒985-0873 宮城県多賀城市中央2-27-1

TEL:022-368-0134

千夜千冊

物部氏の正体

物部氏の正体和銅3年(710)の平城京遷都以来、歴史の表舞台から消える物部氏。物部氏は、日本=やまとを建国したニギハヤヒを祖とする。ニギハヤヒは奈良の三輪の支配者で、出雲の大国主とかさなる三輪の大神オオモノヌシを信仰。本書は、物部氏の本拠地を吉備、出雲、東海、北陸に推察し、日本書紀の国作りや国譲りにも再考を促す。

文責:旅鶴編集室

千夜千冊

関裕二
新潮文庫

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