史跡 紀伊国分寺跡
史跡 紀伊国分寺跡
741年聖武天皇の国分寺建立の詔によって建てられた全国60カ所の国分寺ひとつが当寺跡。七重塔跡の礎石は創建期の原型そのまま。紀ノ川沿いの古墳は半島と繋がる金製勾玉や馬具等、豪華副葬品が出土し豪族の栄華を伝える。紀州国造の紀氏は、大阪湾に望む上町台地が本拠の5世紀の河内王朝・仁徳天皇などに仕えた渡来系氏族の武内宿禰が祖とされる。

〒649-6428 和歌山県紀の川市東国分682-6
TEL:0736-77-0090(紀の川市歴史民俗資料館)
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日本は唐・新羅との緊張状態の中、百済のような没落をしないために、国家の体制をとる。大君、天王制の王権と各地の生産と再生産システムを組み合わせる「王民共同体」。具体的には詔、みことのりがそれらを組み合わせた。本書は「王」権とみことのりの「公」が、日本の公共性を生み出していったと日本史や日本論を斬る。



