国史跡紫香楽宮跡(宮殿跡)
国史跡紫香楽宮跡
奈良時代の中頃、平城京を離れ、新たに首都として造営された恭仁(くにの)京。その離宮として紫香楽宮の造営が始まり、天平17(745)年には、実質的に日本の首都として位置づけられた。現在、約17.3haが国史跡に指定され水田の地下に静かに眠るが、発掘調査で「朝堂」と呼ばれる大規模な建物群が発見され、聖武天皇の紫香楽宮造営にかけた想いの一端が伺える。発掘調査の内容を知らせる展示室を併設。

〒529-1801 滋賀県甲賀市信楽町宮町
TEL:0748-69-2251 (甲賀市歴史文化財課)








仏教の要訣とは、せんじつめればいかに意識をコントロールできるかという点にかかっている。仏教と密教の流れをアジアの流れに組み込み、生命の流れと意識の流れを刳り貫いて、それらの流れの重なりを空海自身の夢と描く、日本史に残すべき松岡正剛の渾身作。



